戦時中の有名な言論弾圧事件(治安維持法違反事件)の「横浜事件」の再審(裁判のやり直し)は,結局免訴が確定して一応のピリオドが打たれてしまいました.
免訴とは,訴訟条件上もはや刑事訴訟を続けることが許されない場合に,訴訟を途中で打ち切ることです.例えば,事件後の法改正で刑が廃止されたときや,既に同じ事件について別の判決が確定していることが明らかになった場合 などは,訴訟を打ち切って免訴の判決を言い渡すことになっています.(被告人の死亡など,更に形式的なものについては公訴棄却になると思うのですが,そこまで詳しいことはわかりません.なお,起訴の段階で明らかに公訴棄却や免訴になることがわかっている場合は,検察官はわざわざ起訴しません.「被疑者死亡のまま書類送検・検察官は不起訴処分に」という報道はよくご存知と思います.)
横浜事件では,治安維持法が廃止されるまでの間に有罪判決が確定していましたが,事件そのものがでっち上げであるとして,被告人=死亡のため遺族が再審を継続=が再審を繰り返し求めてきました.2003(平成15)年に横浜地裁が再審開始を決定し,2005(平成17)年に東京高裁で再審開始が確定し,再審の重い扉が開いたように見えました.
ところが,再審一審の横浜地裁では,事件後に治安維持法が廃止されていることを理由に,実体審理をせず免訴の判決を言い渡しました.被告人遺族は免訴判決について上訴しましたが,免訴判決は無罪判決同様被告人に有利な判決と考えられており,上訴できない(上訴の利益がない)とする判例を根拠に,結局一度も実体審理が行われることなく免訴判決が確定することとなりました.いずれも,再審ではなく通常の(判決確定前の)手続きを,再審に当てはめた結果ということになります.
議論としては,一度有罪が確定してしまっている事件の再審についても,刑事手続きの打切り(免訴)という形で終結させることは妥当なのか,ということになるのではないかと思います.
免訴は無罪と同様に被告人を事件から解放する効果を持ちますが,実際には異なる印象を与えます.事実関係がなかったといった「疑いを晴らす判決」と異なり,「いずれにせよ罪になりえないので,真相を調べるまでもなく訴訟を打ち切る」という結論だからです.
このため,免訴判決を受けた被告人が実体審理を経た判決を求めることには一定の妥当性があると思うのですが,判例ではそれを受け入れていません.
ただ,有罪の判決が出る前に刑が廃止されてしまったような場合と,一度有罪が確定した事件について再審を求めているような場合を,同じには扱えないと思うのです.
再審とは,有罪判決を覆して無罪ないし軽い罪を言い渡すべき新たな証拠が出た場合に,(元)被告人の利益のために裁判のやり直しを行う制度です.被告人が収監されていれば刑罰からの解放という重要な意味があるでしょうし,刑の執行を終えていたとしても,刑事補償の根拠や名誉の回復といった意味を持っています.名誉の回復というのは非常に重要な利益と考えられていて,再審で無罪となった場合は,その旨を官報と新聞に掲載して公示するという規定もあります.
再審請求は刑の執行を終えてからでも,本人が死亡している場合はその遺族からでも行うことができるのは,このような意義を持った制度であるからです.
免訴や控訴棄却となった場合でも,実体審理をしていれば無罪となったであろう場合は,刑事補償や無罪判決の公示と同様の補償を受けられることも定められており,横浜事件の再審判決でも,元被告人の救済はこのような手段で図られるべきだとされました.
刑事補償の判断では,結局,「免訴の理由がなければ無罪になったであろう」ということを判断するため,法廷という形でないにせよ,実体判断が行われるのだと思います.しかし,そのような形で「無罪になったであろう」というような判断が出たとしても,名誉回復という再審の重要な役割が十分果たされるのでしょうか.事件そのものの事実関係が大きく揺らいだ以上,その判決および事件をきちんと根本から見直し,そもそも無罪であったと宣告すべきところだったと思います.
コメント