私は普段ニュースくらいしかテレビを見ることがないのですが,最近毎週見るようになってしまったドラマがあります.
TBS木曜22時の「だいすき!!」.これは,軽度の知的障害がある23歳=おそらく子の出生時点において=の福原柚子(香里奈)が母親になって子育てをしていくという話です.
誰でも恋愛や結婚をして子どもも生まれてくる(ことがある)というごく自然のことについて,社会はあまり向き合ってこなかったのではないか...純真な愛情あふれる母親と,知的障害者という理由で避けてしまう周囲の人たちを描くことで,この問題を問いかけます.
多くの人にとって子育てがとても大変であり,さまざまな支援が求められること以上に,知的障害者にとって適切な子育ての支援は不可欠です.(障害がある人にはそれに適した支援が保障されるべきであるという点はもちろん,誰のもとに生まれた子どももその成長および発達において不利になってはならないという両方の点において,重要なことであるといえます.)
その支援とは,行政による制度的な支援はもちろんですが,周囲の人たちによる支えあいによるところも大きいのではないかと思います.高齢の人が大きな買物袋を抱えてバスのステップに上ろうとしていれば近くの乗客が持ってあげるように,周囲に困っている人がいれば,できる範囲で手を貸すようなことが必要なのでしょう.
ところで,この作品を見て,「I am Sam」という米国の映画を思い出しました,というか,I am Samを知っている人には,「日本版アイアムサム」と説明してもいいのではないかと思いました.
I am Samは私の好きな作品の1つなのですが,知能年齢が7歳程度と評価された父親サム=母親は失踪=のもとに育つ娘ルーシーがやがて父親の知能を追い抜いてしまうことで十分な監護養育ができないと判断した行政庁により,検察官が強制的に親子を引き離し,里親に託すことを裁判所に申し立てるという話の中で,わが子に対するまっすぐな愛情と,揺らぐことのない父娘の絆を描いています.日本ではこのような対応が取られることは稀ですので(ただし実際には形式的な同意取り付けのもとで施設や里親に預けられることも多いのではないかと思われます),日米の違いに驚くとともに,仮に父母に知的障害があったとして,家庭で育つのがよいのか,親が育てることは無理と考えて施設や里親のもとで育つのがよいのか,いろいろなことを考えさせられました.(ビートルズが好きな人にもお勧めの作品です.)
このような子どもたちにとって,どのように育てられるのがよいのか,私にはわかりません.そもそも出産を思いとどまらせるべきであるという考え(「だいすき!!」でも,当初柚子の母親がそのように説得する),施設に預けられるべきであるとする考え(同・保健師はそのように勧める),家庭で育てられるべきとする考えや当事者の希望・・・いずれも各人が考えた末のものであり,どれが望ましいと一概にいえるようなものではないと思うのです.
私が今確実に言えることは,当事者の選ぶ選択肢はいずれも尊重されなければならず,それぞれに適切な支援が行われなければならないということの一点です.
このことは,他の問題にもいえることだと思います.障害により特別な支援が必要な子どもをどのように育てていくかという問題はもちろんですが,さらにいえば,ダウン症をはじめとする遺伝性の疾患では妊娠の早期に出生前診断を行うことが可能であり,その結果次第で中絶を選ぶことも実際に行われています.このような問題についても,当事者がいずれの選択をしようとも,周囲がそれを受け入れる必要があるし,当事者に支援が必要であればそれが行われるべきであるということです.
社会の誰もがお互いに大切にされ,どの家も幸せな家族といえるような社会を目指していかなければならないのだと思います.
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