福岡で2006年8月発生した飲酒運転による3人死亡事故(被告人が飲酒の上乗用車を運転し,海上に架かる橋の上で前方の乗用車に衝突したことにより,その車が海中に転落し同乗の子ども3人が死亡した事故)で,福岡地裁が「訴因変更命令」を出したと報じられました.結審後に訴因変更命令が出るのは異例とのことです.
「訴因変更」については,あまり一般的に知られていることではないと思いますので,素人ながらコメントを加えたいと思います.また,飲酒事故の加害者への厳罰の問題についても,若干触れることにします.
大原則として,裁判所は訴えられた事項についてしか判決をすることができません.これは民事でも刑事でも共通することで,誰も訴えていないことを勝手に判断して判決を出すことはできません.裁判が当事者主義(民事であれば原告と被告,刑事であれば検察官と被告人が相対し,裁判所が中立の立場で判断する構造)をベースに行われることから,そのようになるのだと思います.裁判の基本的な流れは,訴える側が何らかの請求を行い,訴えられる側がそれに対して反論する構造ですので,訴えられた側は訴えに対して十分な反論をする機会が与えられなければなりません.反論は訴えられた内容に対して準備して行うするものですので,訴えられてもいない内容について裁判所が判断するとすれば,そもそもそんな判決は当事者が求めていないというだけではなく,訴えられた側からしてもその反論の機会がないまま判断が下されることになり,非常に不適切です.
刑事裁判は検察官が裁判所に訴えを起こし(起訴),検察官が犯罪事実を主張・立証し,被告人がそれを認めたり突き崩したりすることで進みます.検察官が主張する事件の事実を「訴因」といい,起訴状に記載されます.(例:犯行があったとする日時,場所,犯行の態様,罪名および罰条など.)そして,裁判はその訴因の範囲で進むことになります.つまり,検察官は訴因となる事実があることを立証し,被告人は事実関係や法令の適用関係を争ったり認めたりしながら,裁判所は訴因について判断することになります.裁判所は訴因でない事実を勝手に認定することはできず,訴因の事実がないと判断したら無罪の判決を出すのが原則です.このため,審理の過程で訴因の事実を大きく外れることが判明した場合は,検察官が訴因を変更する手続を取ることになります.なお,裁判所は完全に訴因に包含される範囲で一部を縮小して認定すること(例:傷害で起訴されたが結果の発生を認めず暴行罪を認定,など)はできるとされています.
今回の事例の場合,起訴状では危険運転致死傷罪等であったところ,結審後裁判所が判決を決める過程で「危険運転致死については無罪」の心証を持ったため,業務上過失致死傷罪および道交法違反(酒気帯び運転)を訴因に追加するよう命じた,ということです.裁判所は訴因以外の事実を認定できませんので,危険運転致死罪が成立しないと考えたとしても,前述の包含の関係にない限りは,勝手に業務上過失致死傷罪(刑法改正前の事件のため.現在では自動車運転過失致死傷罪)で有罪にすることは許されず,無罪の判決を言い渡すことになります.しかし業過致死傷罪で起訴されれば有罪であることは明らかという心証を持っているのに,無罪の判決を出すこと社会的妥当性を欠きますから,そのような場合,審理の途中でも検察官に訴因の変更をさせたうえ,変更後の訴因について判断することになります.(なお訴因の設定は検察官しかできないため,訴因変更に応じなくてもかまいません.しかしその場合予想される判決については前述のとおりです.)
福岡地裁は,新たな訴因を「予備的訴因」として追加するよう命じました.予備的訴因とは,検察官が「危険運転致死傷罪(主位的訴因)であると思うが,仮にそれが認められなくても業過致死傷罪(予備的訴因)は認められるはずだ」と,あらかじめ主張しておくことです.これが行われていれば,審理の過程で予備的訴因についても被告人側に防御の機会が確保されますし,裁判所も主位的訴因について無罪の心証を持ったとしても予備的訴因について判断することができます.予備的訴因はあらかじめ検察官が起訴時に主張することもできますし,審理の途中で追加することもできます.
この事件では,危険運転(酩酊)による事故と主張する検察官の主張に対し,被告人は事故の原因はわき見であり,業過致死傷罪の成立にとどまると主張しています.そして,事故後の飲酒検知では酒気帯びの基準の酒気が検出されています.
裁判所が審理を経て危険運転の立証が十分でなかったと判断した以上,業過致死傷の訴因を追加せよと命じたのは妥当な判断ではないでしょうか.およそ刑罰を科す以上は,その行為が法律に照らしてどのように評価されるかを,証拠に基づいて厳格に判断すべきであり,立証が不十分であれば,その罪については無罪を言い渡すほかないからです.
危険運転致死傷罪と業過致死傷罪は,同種の罪の軽重と考えてしまいそうですが,法的にはそのような関係にはなく,罪の性質が大きく異なるため,縮小して認定するわけにもいかないのだと思います.具体的には,危険運転致死傷では「危険運転の事実および故意」,「結果の発生との因果関係」を立証する必要があるのに対し,業過致死傷では「業務上必要な注意を怠ったこと」,「結果の発生との因果関係」を立証する必要があります.これらは重なり合う部分も多いですが,そもそも故意犯と過失犯という違いがあるゆえ,重ならない部分もあります.
訴因が追加された場合,新しい訴因について新たに双方の主張がなされなければならず,審理を続行して判決は延期になるものと思っていました(検察官は過失について立証していないはずです).しかし,報道によれば判決の延期はないとのことで,当日弁論を再開して判決言渡しということのようです.被告人も業過致死傷の成立は認めているため,このような形となったのでしょうか(原因のわき見についてどう主張しているのか気になりますが).
さて,危険運転致死傷罪と自動車運転過失致死傷罪では,その法定刑に大きな開きがあります.前者は最高で懲役20年(致死の場合),後者は同7年です.自動車運転過失致死傷罪は今年追加された罪名で,その前は通常の業過致死傷罪で最高刑が5年でした.危険運転致死傷も追加されたのは最近であり,その前はやはり通常の業過致死傷罪が適用されることが多かったはずです.
危険運転致死傷罪は,「危険運転」という故意によって,結果的に「死傷」を生じさせたという類型の犯罪です.酩酊運転や殊更な信号無視などの強い非難を受けるべき行為を行い,その結果人を死傷させたということで,非常に重い罪に問われるようになりました.なお,刑罰を科す以上は「何をしたら罪になるのか」を可能な限り明確に規定する必要があり,業過致死傷罪に比べて非常に重い刑罰を規定するわけですから,業過致死傷に比べて「非難の度合いが強い行為」に限定する必要があります.単に「飲酒して運転した」というだけではだめで,「およそ正常な運転ができないほどの状態」でなければ成立しないということも当然といえば当然のことです.(飲酒運転が許されないのは当然です.しかし,「飲酒運転には(程度の差はともかく)事故を起こす危険があるはずだ」→「故意に準じて厳罰を」という理論でいくと,他の違反行為との整合性の問題が出てきます.例えばカーナビの注視や携帯電話の使用も事故につながる危険な行為ですし,「多分出てこないだろう」という気持ちの一時不停止が大きな事故につながる事例も多数あります.しかしこれらに対して故意に準じる罪を問うことはできないと思われます.やはり故意犯として扱う範囲は相当程度悪質なもの,即ち飲酒であれば「酒気帯び」をはるかに超える危険な状態に限られるのだろうと思います.)
危険運転致死傷罪の追加のきっかけは世田谷の東名高速道路での事故で,酩酊運転の大型トラックに追突された乗用車に同乗の幼児2人が焼死するという極めて重大な結果に対して懲役4年という判決であったことから,厳罰化を求める世論が急速に高まったのでした.
交通事故は本来過失犯であり,本来あまり重い刑事罰はなじまないと考えられてきたのだと思います.そもそも法律では過失犯を罰しないことを原則としながら,一部の行為について特別に過失処罰規定を設けているにとどまります.確かに酩酊運転のような危険行為は,一般の感覚ではおよそ「過失」で済まされないほどの非難に値するものであって,「故意の危険運転+致死傷の結果」という,故意犯の傷害(致死)と同様の類型として危険運転致死傷罪が規定されたのも,おそらくそのような考えのもとだろうと思います.しかし,確定的故意のもとに人に暴力を振るった結果として傷害や死亡の結果をもたらした行為と同列に扱われるべきかというと疑問も残り,「どこか突出した法律」という感が否めません.事故の被害者や家族の心情は察するに余りありますが,他の犯罪との整合の問題はもちろん,懲役や禁錮という強大な力がいろいろな側面を持つこと,具体的には,刑罰の威嚇による犯罪の抑止,本人の再犯の防止などの効果に対して,長期間の服役は本人の社会復帰を困難にし,時として新たな犯罪や不幸を生む可能性があることなども考慮する必要があります.(もちろん,仮に過失であるにせよ,人を死亡させたことの償いは一生終わることがないのだと思います.しかし,刑罰という形での責任を問うには限界があるということです.)
確かに,悪質な事案に対して今までの業過致死傷を適用した処罰で十分だったかといわれれば,そうとはいえませんでした.東名の事故でさえ法定刑の懲役5年(求刑同)に対して4年の懲役であったことや,他の悪質な事案でも最高刑が言渡されることはまれであったことなど,不満はむしろ判決での「値引き」にもあったといえるのではないでしょうか.
飲酒による交通事故を故意犯と同等の厳罰で抑止できるかというと,おそらく違うのではないかと思います.利欲的な犯行と異なり,どんな悪質な「事故」の加害者でも,人を死傷させようと思って運転するわけではなく,事故など起こさないと思いながら運転した結果なのですから,仮に「事故を起こしたときの刑罰」をいかに厳しくしたとしても,抑止効果が働かない人も大勢いるのでしょう.(刑罰のいかんにかかわらず,人を死傷させる危険を考えただけで飲酒運転は避けるべきものだと思うのですが...)
結局のところ,飲酒による事故を抑えこむためには,飲酒運転そのものを抑えこむほかありません.そのためには,「飲酒運転は必ず捕まる」ということを,新たな「常識」にするのが最短の道でしょう.「捕まるのは運が悪い」などと言ってはばからない人が多数見受けられる状況では,飲酒事故がなくなるはずはありません.普通の運転者であっても,職業運転者ならなおさら,「飲酒運転は必ず捕まって高額の罰金を課せられ,そして免許停止になる」という状況であれば,飲酒運転は相当抑制されるはずです.
※この記事は訴因変更命令について報道があってから書き始めていたのですが,断片的な時間で書いていたところ,13日もかかってしまいました.今後も往々にしてそのようなことがあると思いますが,引き続きご愛読のほどよろしくお願いいたします.
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