鳩山邦夫法相の「法相の関与なしでも死刑の執行が自動的に進むような方法を考えたい」というような発言が波紋を呼んでいます.
この発言は,およそ法相の職責や死刑というものの重大さを理解しない,きわめて不適切なものであると考えます.
そもそも刑罰というものは,国民が刑罰権を国の独占に委ね,国の行政権の一環として刑罰権を行使させるけれども,その重大な権力の行使に際しては,あらかじめ立法府が定めた法律のもと,行政府の請求(公訴の提起)のもとに裁判所がその可否を審査し,確定判決を得て行政府がそれを執行するというしくみです.つまり,国家(行政府)は裁判所のいわば許可を得て刑罰を執行することができる,という性質のものということができます.
死刑以外の刑罰(懲役や罰金など)は,行政官である検察官の指揮により行うこととされており,有罪の確定判決を得た検察官がその指揮によって執行することになっています.しかし,死刑はそうではなく,例外的に「法務大臣の命令による」こととなっています.
死刑の執行に法務大臣の関与を求めるのは,言うまでもなく,死刑が人の命を奪う究極の刑罰であり,仮に誤判やえん罪であった場合に,その被害の回復がおよそ不可能であることなどから,その執行には慎重の上にも慎重を期するため,大臣の決裁を要することとしたものです.
死刑が確定すると,法務省において,再度裁判の手続に漏れがないか,再審請求を行う理由がないかなどを精査し,救済策が尽きていること(本来死刑にならないはずの人が死刑判決を受けている可能性をすべて検討し,それを正す手段が尽きていること)を確かめた上,はじめて法務大臣の決裁が仰がれ,最終的に刑が執行されることになるのです.
司法において審理を尽くして死刑判決が確定したのであるから,改めて行政庁においてその妥当性を精査する必要はないとの主張は,一応成り立ちます.しかし,執行によって当事者による再審請求の可能性も事実上断たれる上,仮にえん罪により死刑が執行されたとなれば,法務大臣の首が飛ぶだけでは済まず,まさにその一点をもって死刑の廃止に向け舵を切らなければならなくなるほどの重大事であるわけですから,裁判所の許可を得たとはいっても,刑罰権を行使する行政庁において再度その可否を精査せよという趣旨は,死刑の特殊性および重大性を考慮した,ぜひ必要なプロセスであるということができます.
刑罰権の行使は法務省が行うものですから,仮に誤判やえん罪で刑が執行された場合,公訴を提起した検察官(これも法務省です),および十分な精査もせず漫然と刑を執行した法務省に相当の責任があるのは当然です.法相は,法務省のトップに与えられたその重責を理解していないと考えざるを得ません.法相は「誰でもはんこをついて執行したいとは思わない」とも言ったそうですが,死刑などなくて済むならないほうがよいと誰もが思っているのであって,誰でも死刑を求刑したいと思わなければ,誰でも死刑判決を書きたいとも思わず,誰でも死刑囚を場合によっては制圧して刑を執行したいなどと思わないのは当然のことです.死刑には多くの人が関与し,特に実際に執行に立ち会う人にとっては法相の比ではなく重圧となっているのですから,その点でも極めて無責任な考えです.
ところで,死刑をめぐる問題提起の中に,確定から執行まで10年ほどの期間を要していることや,確定者が100人を超えて「積滞」している状況を指摘する声があります.この点については,やはり死刑が究極の刑罰であるがゆえに行政庁においても慎重の上にも慎重を期して行っているためと解釈することもできますが,なるほど法律では「確定から6か月以内に命令を行わなければならない」という規定を設けているところでもあります(もっとも,再審請求や恩赦の出願などが行われていたり,共犯者の判決が確定するまでの間は進行が止まるという規定もあり,再審請求を行っている死刑囚も多いことから,すべての死刑囚について「規定が守られていない」状態というわけではありません).しかし,慎重なプロセスを踏んだが故に6か月の期間を経過したことについては,制度趣旨からも特段非難されることではなく,むしろ,時間をかけてでも慎重な精査を行うほうが優先されるべきと考えられます.(なお,執行に時間がかかるのは法相が書類を溜めているからではなく,純粋に法務省での精査に時間がかかっていることによると考えられるため,法相の関与がなくなったら次々執行されて「積滞」が解消するかといえば,そんなことは考えられません.)
対被害者の問題でも,一概に執行までの期間が無駄になっているとはいえません.実際上は執行までの間に要する期間で,拘置所では教誨などが行われると同時に,死刑囚自身の心情にも大きな変化があるとされています.つまり,自らの罪深さを自覚させ,少しでも反省の気持ちを引き出すことができれば,判決確定後まさに「ベルトコンベア式」に有無を言わさず処刑するよりも,刑罰というものの意義が果たされるというものです.
これらの点から,刑訴法の条文から削除すべきなのは法相の関与ではなく,むしろ6か月を原則とする条項のほうだろうと考えます.
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