なんと,住民税の一部を出身地の自治体に納付することができる制度がまじめに検討されているようです.菅義偉総務大臣は,安倍総理の地方重視の意向を受け,住民税の「1割程度」を念頭にしているとのこと.
確かにおもしろいといえなくはありませんが,まじめに考えたら「くだらない」の一言に尽きます.まさか実際に実施するつもりはなく,選挙後に政府の委員会かなにかを立ち上げて一応検討したことにして「問題が多くて断念」ということにするのでしょうが,思いつくままに問題点を指摘してみます.
第1に,この制度は地方で育ち都市部で生活する人が,自分の故郷を支えるというものですが,すでに地方交付税や県税の調整金などの制度によりその理念は実現されています.人口の少ない地域では自治体の自主財源も知れていますので,地方の多くの自治体が実質的には都市部の税金で支えられていることも周知のとおりです.この制度により,地方出身の人の多くは間接的に故郷を支えているという意識をもっているのではないでしょうか.
第2に,これが制度設計上の大きな問題と思われますが,それでは出身地とはどこなのでしょうか,という問題が出てきます.
私は群馬県で生まれましたが,それはいわゆる「里帰り出産」だったためで,1週間程度で東京の渋谷区に来て,そこで最初に住民登録を受けました.3歳のとき世田谷に引越し,23歳から4年間は狛江市,その後は今に至るまで引き続き世田谷です.3歳から20年間世田谷ですので,それを出身地とするのが一番受け入れやすいのですが,人によっては小中学生のときに数回の転居をしているなどで,どこを出身地とするのがよいかわからない(別にその人が出身地と思っているところでよい)のではないかと思います.出身地の自治体がない人(合併後の自治体とするのでしょうが,藤野出身の人が「相模原出身」になるのはさすがに抵抗がありそうですし,分村合併だってあります)は相当生まれていますし,さらに言えば外国出身の日本人もたくさんいます.国内出身の人が故郷に税金を納めるようなことよりも,外国出身の人が出身国に税金を納めたいと考えるほうがよほど自然です.まして外国人ならばなおさら本国に税金を納めたいでしょう.(どんなに貧しい国の出身でも,ODAのようなもの以外に財政を均衡させる制度はないのですから.)
第3に,出身地を証明する手段に乏しいことも指摘しておきます.家族関係や居住関係を公証する代表的な書類は住民票と戸籍です.
戸籍は長期間保管されますが,記載されるのは出生地だけです.私の場合は群馬県ということになりますが,そこはあくまでも当時母の実家があった場所(の近くの病院がある場所)であり,私の出身地ではありません.仮に父の実家があったところで「里帰り出産」していたら「埼玉県」ということになったでしょうし,里帰り出産でないにしても,戸籍に記載されるのは病院の所在地です.世田谷の人が目黒で出産すれば出生地は目黒ですし,服役中の母親が所内で出産すれば刑務所の所在地です.離島の人が本土の病院に入院して出産という事例も多く,出生地は出身地とは全く別物です.(「いや,戸籍に書いてある出生地が出生地だろう」とあくまでおっしゃる方には,「本邦から大韓民国に向かう航空機内で出生」というような例を提示しておきます.)
本籍地が自由に選べる(皇居にしてもよいし,竹島にしてもよい(*1))ことも周知のとおりで,何の参考にもなりません.
住民票は除票になってから5年間で廃棄されることが多いため,5年以上前に住んでいた場所を役所の記録で調べるのはそれなりに困難になります(前住所は現在の住民票に記載されます).一応「戸籍の附票」という制度があり,住民票を移した履歴が本籍地の役所に残るのですが,この根拠は戸籍法ではなく住民基本台帳法ですし,附票の保存期間も「除籍になってから5年」となっています.個人が除籍になる理由としては死亡はともかく婚姻や分籍などがあり,最初の結婚後5年過ぎている人は(生まれたときの戸籍が残っていたとしても)おそらく附票も廃棄されていると考えられます.
そして,最近戸籍の電算化が急速に進んでいますが,電算化されると紙の戸籍に付いていた附票は「改製原戸籍の附票」という扱いを受け,改製(電算化)された日から5年で廃棄になります.
このように,出身地がどこかは各人の解釈に任されるほかない上,国民の多くは住所の履歴を公証することが難しいという中で,公平性が何よりも重視される徴税という分野の制度をどのように設計しようというのでしょうか.
地方出身者が故郷の町を支えるという理念は,現行の地方交付税や地方消費税の配分などで実現すればよいことですし,国や県の制度で調整するほうがよほど理にかないます.(もしどうしても出身地課税のようなことをしたいのであれば,地方交付税の一部を昔の人口を基準に配分するほうがよほど合理的です.)
こんなくだらない制度をまじめに検討する時間があるのなら,地方の美しい自然の価値を高めることや,県内のある程度の市にさえ仕事がなく大都市に出てこなければならない原状をどう変えていくかを考えたほうがよいのではないでしょうか.
(*1)この記述は日本の行政庁が本籍地を竹島に置くことを認めていることを示すものにすぎず,竹島の領有権に関する何らかの立場や見解を示すものではありません.
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