1996年ころから使っていたPHSのアステル東京が,11月末でサービスを終了しました.
最初はDDIポケット-名称は当時-を使っていたのですが,当時はDDIポケットの基地局が疎でつながりにくいことが多かったことと,契約拡大のため同一会社で機種変更するよりも他社に乗り換えたほうが安いような時期だったため,しばらくしてアステルに乗り換えたのでした.
最初ASTELと聞いて,砒素(As)と電話(TEL)の化合物だろうかなどという冗談を思いついたものですが,「ルルルのおじさん」(電話を持ったレレレのおじさん)のCMが気に入っていたのと,個人的にNTTよりもTTNet-名称は当時-が好きだったことから,NTTパーソナル-名称は当時-ではなくアステルにしました.
アステル東京は,当時のTTNet(東京通信ネットワーク)と商社などの寄り合い資本で「株式会社アステル東京」として設立されサービスを開始しましたが,その後経営難によりTTNet(現パワードコム)に吸収され,その後鷹山(現YOZAN)に事業譲渡されました.
YOZANに譲渡された後は,基地局をIP化して公衆2面にIP電話を書き込んで定額通信を行えるようにするとか,WiMAXで起死回生とか,いろいろな計画の発表が行われましたが,いずれも日の目を見ることなく,または日の目を見る前にアステル東京のサービスがなくなることになります.
すでに全国のアステルグループはほとんどが事業を終了し,唯一残るアステル東北(東北インテリジェント通信)も近いうちに事業終了を決めているため,私はほぼ最初から最後までアステルを使いつづけた利用者ということになります.
アステル東京最後の日を迎えた11月30日は,アステルを使いつづけている知人に久しぶりの音声呼をかけ,アステルの名残を惜しもうとしました.
しかしアステルの基地局はサービス終了を前に大幅に削減(停波)しており,私は3本なのですが知人は圏外という状況でした.
12月1日は昼2時くらいまでは使えていましたが,夜試したところ電界強度バーは触れるものの電話はつながらず,外からかけたところ「おかけになった電話番号は現在使われておりません」というトーキが流れていました.
同じネットワークを使うVSフォンや品川区の児童見守りサービスは当面続けられるとのことで,一部の基地局は電波を出しているようです.しかしすでに位置登録はできないようで,電源を入れてすぐに圏外表示になるようです.(一部,バーが触れ続ける基地局もあります.)
いずれにせよ,このような形でサービスを終了する電話会社が生まれることは,20年前には予測し得なかったことと思いますし,旧電気通信事業法の時代ならば1種や特別2種の参入には経理的基礎も必要であるなど,電話サービスはいつまでも続けられるものという考えがあったように思います.しかし競争により消費者が計り知れない便益を享受している一方で市場から撤退する事業者があるのはやむを得ないものです.今の事業法でも音声サービスなどは一定の規制があるようですが,それでも「終了することがある」ことを前提にした規制にとどまるようになりました.電気通信サービス自由化の20年目,やはり今までの移り変わりを振り返ると自分でも信じられない思いがします.
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